厚生年金積立金を使った基礎年金底上げについて

~令和6(2024)年財政検証より~公的年金の所得再分配について考えてみましょう

ちまたでは、年金積立金を自分が積み立てたお金だから流用するのはけしからんと言っている人もいるようですが、年金制度はご存じの通り現役世代が支払っている年金保険料をその時の年金受給者が受け取っている賦課方式です。積立方式ではないので、けしからん!ということではありませんね。

そもそも年金積立金とは?
厚生年金・国民年金の積立金は、国民の皆様からお預かりした保険料のうち、年金給付に充てられなかったものを厚生年金保険法等に基づき、長期的な観点から、安全かつ効率的に運用し、現在及び将来の年金給付に充てることにより、年金財政を安定化させているものです。
この年金積立金は、厚生労働大臣が年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に寄託することにより管理・運用されています。

厚生労働省「令和5年度 年金積立金の運用状況について」によると、公的年金の積立金額は2023年度末時点で、資産額は255兆5650億円。収益額は45兆3596億円で収益率は21.69%となっています。内訳は
■厚生年金  ・資産額:243兆478億円  ・収益額:43兆1030億円  ・収益率:21.69%
■国民年金  ・資産額:12兆5173億円  ・収益額:2兆2567億円  ・収益率:21.79%
このように、年金積立金の9割超を厚生年金の積立金が占めています。

ではなぜ、厚生年金積立金を使った基礎年金底上げ案が出てきたのでしょう。
それは、2030年代には就職氷河期世代が高齢期に入り、この世代以降は初職での非正規・無業の割合が高く、資産形成が十分にできていない人も多い。基礎年金が老後生活のよりどころとなる可能性もあり、改善は急務だからです。

2004年から始まったマクロ経済スライドですが、仕組みとしては、賃金や物価による年金額の改定率を調整して、緩やかに年金の給付水準を調整します。 具体的には、賃金や物価による改定率から、現役の被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて算出した「スライド調整率」を差し引きます。2004~2023年頃まではデフレだったため、基礎(国民)年金は月額64,400~66,250円でした。2024年からは物価(賃金)上昇があり、月額68,000円、2025年は69,308円と上昇しています。

では次に、現在発令されているマクロ経済スライドが現行制度のままいくと所得代替率がどのくらい下がるか、また早期終了によってどれだけ所得代替率が上がるか見ていきましょう。

ところで所得代替率とは?
「所得代替率」とは、年金を受け取り始める時点(65歳)における年金額が、現役世代の手取り収入額(ボーナス込み)と比較してどのくらいの割合かを示すものです。
現在、基礎年金の給付に関して国庫負担は1/2です。また、厚生年金に関しては、基礎年金拠出金の額の
1/2を国庫が負担します。つまり、現行のマクロ経済スライドを早期に終了させ、年金難民をなくすため国庫負担増加分は年金積立金を使って、基礎年金を増やしてあげようという案です。
次の図をご覧下さい。

2004年当時所得代替率が59.3%だったのが、長年デフレが続き2024年は61.2%とむしろ上昇しました。ところが近年デフレ脱却で、物価高のインフレ期に入り、もうデフレには戻りそうにありません。このまま現行制度でいくと2057年には所得代替率が50.4%まで低下してしまいます。そこで比例(厚生)部分の調整を2026年に終了し、2036年に比例(厚生)部分と基礎(国民)部分の調整を同時に終了することにより所得代替率を56.2%まで上げることができます。受給世代の厚生(比例)財源が将来の受給世代の基礎(国民)に充てられ、世代間の調整により基礎年金の底上げが可能となるのです。

こうして、公的年金受給期には現役時代の賃金の差が縮まり、所得再分配機能が働くこととなります。.

私たちの子世代、孫世代のことです。見守っていきたいですね。 

   CFP 佐藤広子

共働き・共育てを推進、支援する 『出生時育児休業(産後パパ育休)』と『出生後休業支援給付金』

約5年前、2020年4月に「『パパ休暇』と『育児休業社会保険料免除制度』を利用しよう!」というテーマでブログを書きました。厚生労働省が、毎年実施している「雇用均等基本調査」によると、当時、2018年の男性の育児休業取得率は、6.16%で2020年に13%にするという政府目標を掲げていました。結果的に初めて10%を超えたものの12.7%と目標未達でした。3年後の2023年には、女性の取得率84.1%にはまだまだ及びませんが、30.1%と急増で、前年対比13%上昇しました。取得期間を見ると、最多が、1ヶ月~3ヶ月未満で28%、2週間~1ヶ月未満と合わせると約半分が、2週間以上取得していることになります。5年前の取得期間は、2週間未満が71.4%を占めていたのですが、数日や2週間未満が半数以下に減少し、2週間以上の育児休業を取得する人が増えていることがわかります。状況は改善されていますが、世界各国と比較しても、まだ日本の男性の家事・育児参加率は低いのが実態です。少子高齢化が進む中、働く世代が育児や介護と両立してキャリアアップ出来るような環境の整備が急務であり、こうした社会的な背景を踏まえ、『育児・介護休業法』が継続的に改正されています。加えて、2025年4月から『雇用保険法』改正により2つの新たな育児休業給付金が創設されました。
■育児休業法関連の主な法改正
・『育児休業法』は、1991年に制定、1992年4月1日に施行されました。施行当時、法律の適用対象は常時雇用する従業員数が常時30人以上の事業所でしたが、1995年4月1日に改正され、新たに介護休業制度が創設され法律の名称が、『育児・介護休業法』に変更され、従業員数に関わらずすべての事業所が法律の適用対象となりました。
・『育児・介護休業法』には、出産や育児、介護などの理由による労働者の離職を防ぎ、男女ともに家庭と仕事を両立できる雇用環境を整備する規定が定められており、より柔軟で現代のニーズに応じた様々な制度が創設されるなどの改正が継続的に行われています。
・2023年、夫婦共同での子育て支援を推進し男性の育児休業取得率を大幅に上昇させた改正内容に、「出生時育児休業(通称「産後パパ育休」)の創設、(2022年10月1日施行)、「育児休業の分割取得」、が挙げられます。2023年4月1日には、常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主は、男性労働者の育児休業等の取得の状況を年1回公表することが義務付けられています。
■出生時育児休業(産後パパ育休)
・出生時育児休業は、原則、男性労働者(特別養子縁組里親の場合は女性も可)が、子の出生後8週間以内(配偶者等の産後休業期間に相当)に最大4週間まで休業することができる制度で『男性版の産休』とも呼ばれています。
男性の育児休業取得促進のため、男性の取得ニーズの高い子の出生直後の時期について、従来の育児休業よりも柔軟で取得しやすい枠組みの休業として追加して制定された別の制度です。
・出生時育児休業は、原則、休業の2週間前までに申し出ることで休暇を取得できます。初めにまとめて申し出れば、分割して2回取得することも可能です。通常の「育児休業」も2回に分割して取得することができます。このため子の出生後8週間以内に「出生時育児休業」を2回に分割して取得、その後、子が1歳となるまでに「育児休業」を2回に分割して取得すれば、合計4回に分割して休業することが可能(下記例2)になります。長期の育児休業取得の不安がある場合は、まず出生時育児休業で短期間の育児休業を試すという活用もできます。

*出生時育児休業と従来の育児休業の違いについては下記表ご参照ください。

・出生時育児休業期間中の就業は、認められていますが、労使協定を締結している場合に限り、労働者と事業主の合意した範囲内で、事前に調整した上で休業中に就業することを可能とするものです。この就業に関しては、労働者又は使用者の都合で自由に行えるものではなく、事前の手続きを経る必要があるなどかなり細かいルールがあります。
【出生時育児休業期間中に就業するための手順】
①労働者が就業してもよい場合は、事業主にその条件を申出
②事業主は、労働者が申し出た条件の範囲内で候補日・時間を提示
(候補日等がない(就業させることを希望しない)場合はその旨)
③労働者が同意
④事業主が通知
【出生時育児休業期間中に就業するための要件】
・就業日数(時間数)の合計は、休業期間中の総所定労働日数(時間数)の半分以下とすること
・休業開始日と終了日については、所定労働時間に対しフルタイム就業不可(一部就業は可)
・所定労働時間を超えて労働しないこと(所定外残業は一切禁止)

■育児休業等給付
・『育児・介護休業法』により労働者(日々雇用される人期間を定めて雇用される人(有期契約労働者)で、一定の条件を満たせない人・労使協定により、育児休業の対象から外された人を除く)は、その養育する1歳に満たない子について、事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができますが、その期間中は、「ノーワーク・ノーペイの原則」によって無給であることが一般的なので経済的不安があります。育児期間中の収入減を補う目的で支給されるのが育児休業等給付です。
・育児休業等給付は、『雇用保険法』に基づき支給されるもので、雇用保険に一定期間加入している加入者が受給対象者です。育児休業期間に、子の年齢や養育の状況に応じて、要件を満たす場合に「育児休業給付金」「出生時育児休業金」が支給されます。支給額は、休業開始から通算180日までは休業開始時賃金日額の67%、180日経過後は50%です。[※休業開始時賃金日額は、原則として、育児休業開始前6か月間の総支給額(賞与は除く)を180で除した額]
さらに『雇用保険法』の改正により、2025年4月1日から「出生後休業支援給付金」、「育児時短就業給付金」が創設されました。育児休業中の給付金が充実することで、特に男性の育児休業取得の促進が期待されています。
■出生後休業支援給付金
・同一の子の出生直後の対象期間(※1)に、両親とも出生時育児休業および育児休業を通算して14日以上取得した場合、28日間を上限に出生後休業支援給付金として(出生時)育児休業給付金にプラスして13%の上乗せ支給を申請できます。なお、子の出生日の翌日時点で、「配偶者(妻)が産後休業期間中」である場合や「配偶者が就業していない(妻が専業主婦である場合など)」「配偶者が自営業やフリーランスで働いて雇用される労働者でない」もしくは「ひとり親の場合」などの事由に該当している場合は、両親ともに(出生時)育児休業を取得していなくても、申請することができます。
・支給額は、休業開始時賃金日額(※2)×14日以上休業した期間の日数(上限28日)×13%
・一般的に、給与の総支給額から社会保険料(健康保険料・介護保険料・厚生年金保険料・雇用保険料)と所得税を控除した後の手取り額は支給総額の約80%と言われているので、支給される給付金は非課税であり、育児休業中は一定の要件の下に申請により社会保険料が免除されるため、「出生後休業支援給付金」(給付率13%)と(出生時)育児休業給付金(給付率67%)を活用して給付率80%となれば、実質的な手取り額は、変わらないということになります。

※1「対象期間」
・被保険者が産後休業をしていない場合(被保険者が父親または子が養子の場合)は、「子の出生日または出産予定日のうち早い日」から「子の出生日または出産予定日のうち遅い日から起算して8週間を経過する日の翌日」までの期間。                     (下記表の例1、例2参照)
・ 被保険者が産後休業をした場合(被保険者が母親、かつ、子が養子でない場合)は、「子の出生日または出産予定日のうち早い日」から「子の出生日または出産予定日のうち遅い日から起算して16週間を経過する日の翌日」までの期間。(下記表の例3、例4参照)
・施行日の2025年4月1日より前から引き続いて育児休業をしている場合は、下線部分を「2025年4月1日」として要件を確認します。対象期間が施行日をまたぐかどうかが重要なポイントになります。具体的には、産後休業をしていない場合(主に男性の場合)は、2025年2月17日以降、産後休業している女性の場合は、2024年12月23日以降に出生日または出産予定日の遅い日がある場合に支給対象になる可能性があります。(ハローワークでご確認ください。)


※2「休業開始時賃金日額」には上限額が設定されているので、必ずしも実際の休業前賃金額に対して手取り額が変わらないとは限りません。(2024年4月1日時点:15,690円(毎年8月1日に改定))目安として月収47万円以上の方ですと、実質的な手取り額は、減少します。

◆2022年10月施行された育児休業「出生時育児休業」と2025年4月1日に施行された「出生後休業支援給付金」をご紹介しました。2024年の『育児・介護休業法』改正には、男女とも仕事と育児・介護を両立できるように、育児期の柔軟な働き方を実現するための措置の拡充や介護離職防止のための雇用環境整備、個別周知・意向確認の義務化などの内容が多く盛り込まれ、段階的に2025年4月1日から施行されています。
また、同時に『雇用保険法』も改正され育児休業取得や短時間労働の取得時の収入減の補填として「出生後休業支援給付金」・「育児時短就業給付金」の2つの給付金が創設されました。
男性の育児参加を促し、女性に偏りがちな家事・育児を見直し、女性の就業機会の拡大、出産意欲向上、男女の雇用格差の改善につながることが期待されます。男性労働者の育児休業取得率等の取得状況を年1回公表することが、常時雇用する労働者が300人超1,000人以下の企業に義務付けられたことも男性育休取得率上昇の支援となりそうです。
仕事をしながら「育児・介護」に関わっている方、今後関わられる方、利用できる制度があるかもしれません。
是非、下記の資料をご参照ください。育児休業等給付についても細かいルールがあるので、わからないことは、ハローワークでご確認ください。

2025年4月 CFP 石黒貴子

厚労省『育児・介護休業法 改正ポイントのご案内 令和7年4月1日から段階的に施行』
001259367.pdf

厚生労働省「育児休業等給付の内容と支給申請手続 令和7年1月1日改訂版」
001461102.pdf

知っておきたい傷病手当金

~病気やケガで働けなくなった時の支えになります~

 企業に勤務されている方の健康保険制度には、病気やケガで働けなくなった時に支えとなる傷病手当金制度があります。

 傷病手当金は、業務外の病気やケガでの療養中に仕事が出来ず、給与が支払われない場合に、組合健保、協会けんぽなどに加入している被保険者に、健康保険から支給される給付金です。民間の保険に就業不能保険、所得補償保険等ありますが、傷病手当金は、療養中の収入減少を補填する重要な公的保障制度です。国民健康保険、後期高齢者医療の加入者は原則対象外となります。

 全国健康保険協会令和5年度の調査では、総数169,957件297億円余りが支給されており、年齢階級別状況では、50歳~54歳が20,639件約39.6億円、次いで55歳~59歳19,279件約38.8億円が支払われています。

同調査による傷病手当金の現況、受給の要因となる病気やケガについて、全体の35%を精神および行動の障害、次いで13.5%がガン等の新生物が上位を占めています。

■受給条件
以下の条件を全て満たす必要があります。
1.協会けんぽ、健康保険組合、共済組合などに加入する被保険者本人であること
国民健康保険の加入者は受給できません
2.業務外の病気やケガによる療養であること
3.仕事に就けない状態であること
4.連続する3日間(待期期間※1)を含む4日以上仕事を休んだこと
5.休業期間中に給与が支払われない事
 ただし給与の支払いがあっても、傷病手当金の額よりも少ない場合は、その差額が支給されます。任意継続被保険者である期間中に発生した病気・ケガについては支給されません。

※1待期3日間の考え方(下図参照)
会社を休んだ日が連続して3日間なければ成立しません。連続して2日間会社を休んだ後、3日目に仕事に行った場合には「待期3日間」は成立しません。また待期期間の3日間連続の休日は、有給休暇でもあらかじめ定められた休暇(公休)でも無給休暇(欠勤)でも構いません。

■支給額の計算方法:
1日あたりの傷病手当金 = (直近12ヵ月の標準報酬月額の平均 ÷ 30) × 2/3

■支給される期間
支給期間は通算で最長1年6ヶ月です。
令和4年1月1日からの法改正により、支給期間が通算されるようになりました。途中、就労などで傷病手当金が支給されない期間は、支給期間から除外されます。

・同一の病気やケガに関する傷病手当金の支給期間が、支給開始日から通算して1年6か月に達する日まで対象
・支給期間中に途中で就労するなど、傷病手当金が支給されない期間がある場合には、支給開始日から起算して1年6か月を超えても、繰り越して支給可能です。

■申請のポイント
・「傷病手当金支給申請書」に事業主と療養担当者(医師等)の証明を受け協会けんぽに提出します。内容が審査され不備等がなければ約2週間程度で支給となります。
・申請先、支給は加入している健康保険の保険者です。勤務先が傷病手当金を負担する、支払うものではありません
・共済組合や健康保険組合に加入している方は独自の傷病手当付加金もある可能性があります。勤務先の健保担当者または健康保険の保険者へ確認しましょう。
・申請する場合は、勤務先とも相談し、申請日や休みの取り方をすり合わせたうえで医師が、作成する労務不能の証明書を依頼してもらうとスムーズにすすめられるようです。

■注意点
・休職中でも社会保険料や住民税の支払い義務があります
・会社が本人負担の保険料を負担した場合、賃金の支給とみなされ、傷病手当金が調整される可能性があります。

■退職後に継続受給可能なケース
・資格喪失日の前日(退職日等)までに被保険者期間が継続して1年以上ある
・資格喪失日の前日(退職日等)に傷病手当金の支給を受けているか、または受けられる状態にある(待期完成しているなどの支給要件を満たしている)
⇒遅くとも退職日の3日前からの申請をし、労務不能で休んでいる状態。また退職日も出勤できず、その後も労務不能状態が継続する方が対象となります。

似ている名称のため混同しそうですので付記しますと、雇用保険の制度に「傷病手当」があります。こちらは傷病手当金とは別の制度です。雇用保険の受給資格者がハローワークで求職の申し込みをした後に、15日以上引き続いて病気やけがのために職業に就くことができない場合に、失業保険(基本手当)の受給ができない日の生活の安定を図るために支給されます。(14日以内の病気やけがの場合には基本手当が支給されます)傷病手当の日額は基本手当の日額と同額です。また、30日以上引き続いて職業に就くことができないときには、基本手当の受給期間を最大4年間まで延長できます。

病気やケガで働けなくなった際の重要な収入源となる公的制度を知っておくと、いざという時あわてずに対処できるかもしれません。下にパンフレット及び協会けんぽのURLを付けますので、気になる方はご覧ください。
※傷病手当についてはハローワークが窓口となります。

CFP 依田いずみ
2025年3月

=資料=

病気やケガで会社を休んだとき | こんな時に健保 | 全国健康保険協会

患者・国民に身近な医療の在り方 (厚生労働省)

現金給付受給者状況調査(令和5年度) | 協会けんぽ | 全国健康保険協会

健保総合_35-56.indd (パンフレット)

ハローワークインターネットサービス – 基本手当について (傷病手当について)