2021年4月1日から、高年齢者雇用安定法の改正が施行された。
高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)って何?と思われる方が多いかと思われるが、その名の通り、高年齢者の雇用安定化を図る法律である。身近な例としては定年退職を60歳未満にしてはいけないとか、60歳定年後も年金が満額支給される65歳までは企業は雇用確保に努めなさいという、サラリーマンにとっては有り難い法律と言えよう。
まずこの法律の成立ちと生い立ちをたどってみよう。
「高年齢者雇用安定法」は1971年(昭和46年)5月25日、「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」として制定された。
その後、1986年(昭和61年)4月30日に名称を現在の「高年齢者雇用安定法」に変更するとともに、今や常識と考えられる定年退職の年齢を60歳とすること(努力目標)が明文化された。
1994年(平成6年)の改正(1998年施行)で60歳未満定年制が禁止されている。
またいくつかの改正を経て、2013年(平成25年)には、年金支給年齢の65歳開始をにらんで、65歳までの雇用確保の義務化に至っている。
さて今回の改正の主旨は『企業の70歳までの雇用確保の努力化』である。つまり、70歳まで働き続ける環境整備への努力を企業はしなさいとのことだ。
マスコミにも多く取り上げられているので、ご存じの方も多いと思うが、受け取り方は千差万別であろう。「えっ!70歳まで働き続けなければならないの!」と思う方もいれば、ある方は「元気なうちは働き続けたいので、政府も後押しをしてくれるのか。」と思うだろう。
この法律改正の裏に潜むのは、紛れもなく生産年齢人口の減少だ。生産年齢人口とは、労働力の中心として生産活動や社会保障を支えている人口で、OECD(経済協力開発機構)では15歳以上65歳未満と定義されている。
左の図に示すように、日本の総人口は増加してているにもかかわらず、 ず生産年齢人口は減少してきている。
正に「少子高齢化」を如実に示している。働き手の減少は国力の減少につながるので、日本国政府としても挽回策を講じようとしている。
とは言っても少子高齢化が進む中、生産年齢人口の減少を嘆いてみても、一朝一夕には解決できる問題では無い。
そこで政府が考えた策は2つある。
『経済財政運営と改革の基本方針2021』(骨太の方針)の中でも掲げられているが、一つは女性が働き続けやすい環境の整備であり、もう一つは生産年齢人口は現在よりは増加させる策として、生産年齢人口の定義を『15歳以上65歳未満』から『15歳以上70歳未満』に変えれることだ。
一時、話題となった「老後資金・2千万円問題」は、老後の資金には2千万円が必要ですよと金融庁が発表し、物議を醸しだしたが、この2千万円必要と言うのは、60歳でリタイヤし90歳までに必要な
金額を試算したものである。仮に70歳までリタイヤせず働き続けたとしたら、リタイヤ後の30年間が
20年に縮まり、単純計算で老後必要資金は2000万円の2/3の約1400万円弱までとなる勘定だ。(老後資金・2千万円問題については、2020年2月の本ブログを参照ください。)
また定年退職後働き続けたほうが死亡、認知機能の低下、脳卒中が少ないという研究結果もあるそうだ。
現に高齢者(65~79歳)の体力テストの結果は年々向上している。
日本政府としては、国民になるべく長く働き続けてもらう方が、
生産年齢人口の増加と健康保険料・介護保険等の社会保険料の抑制にも通じ、一挙両得となる。
さて、高年齢者雇用安定法の改正に話を戻そう。
今回の改正は『企業の70歳までの雇用確保の努力化』であるが、
具体的には以下の(1)~(5)のうち、いずれかの措置を講じるよう
努力義務を企業に課すことだ。
(1)定年を70歳に引き上げ
(2)70歳まで継続雇用する制度の導入
(3)定年制の廃止
(4)70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
スポーツ庁「令和元年度体力・運動能調査結果の概要及び報告書について」より |
(5)70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業
この中で(1)~(3)は、現行の65歳までの制度を70歳まで拡張するもの。(4)と(5)は会社が従業員を雇用することではなく、従業員に雇用とは別の形で働く場を提供することであり、(4)は業務委託契約により仕事を発注すること、(5)は社会貢献事業への参加をサポートすることである。
(4)も(5)も労働組合の同意が必要であるので、現実として企業側は(1)~(3)で対応することとなろう。
厚生労働省発表の令和元年『高年齢者の雇用状況』によれば、60歳定年制のある企業で継続雇用を希望しなかった定年退職者は全体の14.4%だそうで、85%以上の人は継続雇用している計算となる。
年金の満額支給が65歳であることを考えると、うなずける結果だ。
さて年金が支給されている65歳以上で、雇用を希望する割合がどの位になるか、また企業の取り組み方は非常に興味深い。
今回の高年齢者雇用安定法の改正は、今年の4月1日に発令されたばかりで、具体的な企業の実施例も未だ見えてきてない。今後、企業としての取り組み事例が多く出されたら、再度考察したい。
CFP 前川敏郎