『年収の壁』何がどう変わったのか 

「年収の壁」とは数年前から耳にする言葉だが、最近では昨年の衆議院選挙で国民民主党が「手取りを増やす」を選挙スローガンとして103万円の壁を取り上げたことで、皆さんの記憶にも残っていることと思う。
このブログでも2023年10月に「『年収の壁』について考える」と題して掲載したが、その後制度変更もあったので、改めて「年収の壁」について説明しよう。
年収の壁は複雑だが、ここでは極力簡潔に、分かりやすい説明とした。
年収の壁についての説明として、つぎの4点にまとめた。
1)年収の壁は一つではない。(分け方によるが7種類以上ある)
2)年収の壁は、「税金の壁」と「社会保険の壁」の大きく分けて二つある。
3)今年の税制改正で変更になったのは「税金の壁」
4)一番大きな壁は「130万円の壁」
それぞれについて説明を行おう。
1)年収の壁は一つではない
まず年収の壁とは何かということをおさらいすると、参考資料2によれば:
「手取り収入が減らないように年収を抑えようと意識する金額のボーダー
ライン」と説明されている。
ただ年収の壁と一言で言っても、壁は一つではない。下図は厚生労働省の資料(参考資料1)だが、これを見ると7種類もの壁があることが分かる。

この厚生労働省の資料は、年収の壁を3つに分類している。すなわち;
A.税金に関わる壁
B.社会保険に関わる壁
C.配偶者手当に関わる壁
  である。本ブログでは、3つのうち税金の壁と社会保険の壁の2つを
取り上げる。
2)年収の壁は、「税金の壁」と「社会保険の壁」の大きく分けて二つある
 年収が増えて、ある一定の額になると、それまで負担しなかった税金や
社会保険料が掛かかり手取り収入が減少する。そこで、働く人が手取り
収入が減らないように年収を抑えようと意識する金額が年収の壁であった。
① 税金の壁
 収入が増えて初めて税金が掛かるのは、実は住民税(所得割)だ。
給与所得者にとって住民税が掛かるボーダーラインの収入は100万円である。
(住んでいる地域により多少異なる)《税制改正前の額》
住民税を計算する際に必要経費として、課税限度額(45万円)と給与所得控除
(55万円)の合計額である100万円までは、住民税は掛からない。
言い換えれば、100万円を超える収入には住民税が掛かってくる。

収入が増えて次に税金として掛かるのは所得税だ。所得税も住民税と同様に
一定の収入までは掛からない。

所得税の場合の必要経費(控除額)は、基礎控除(48万円)と
給与所得控除(35万円)の合計の103万円である。《税制改正前の金額》
つまり103万円までの収入には所得税は掛からない。裏を返せば
103万円を超えると所得税が掛かるところから、『103万円の壁』
と呼ばれていた。
② 社会保険の壁
 103万円から、さらに収入が増えて106万円以上となると働いている
会社の規模等により社会保険が掛かかってくる。
パートで働く主婦やアルバイトの学生では、106万円以下の収入であれば
ご主人や親の扶養内であり、自ら社会保険を負担しなくとも良かったものが
106万円以上の収入となると自分で負担することとなる。
 実は、この社会保険料の負担が税金の負担に比べて、格段に多い。
これも厚生労働省の資料からの引用だが、およそ15%手取りが減少する
試算が示されている。(参考資料2より)

所得税で比較してみると、収入が103万円から106万円に増えても1500円
程度しか増えないが、社会保険料は一気に収入の15%減少してしまう。
もちろん社会保険料を納めることで、将来の年金が増えるとか、怪我や病気
をした際に傷病手当金をもらえるなどのメリットはある。
だがパートで働く主婦やアルバイトの学生にとっては、このメリットよりも
目先の手取り額が優先される結果、働きびかえが起きることになる。
3)今年の税制改革で変更になったのは「税金の壁」
 昨年の衆議院議員選挙の際に国民民主党が『手取りを増やす』を
スローガンに掲げて、大幅に当選議員を増やした。
過半数割れをした政府与党(自民党・公明党)は単独で予算を国会で通すことが
出来ず、野党である国民民主党の意見を取り入れざるを得なくなった。
国民民主党の要求は、103万円から178万円へ大幅に壁を引き上げるもの
だったが、結果的に収入額により減税額が異なるものとなった。
年収200万円の方については、160万円の壁に変わった結果となった。
(資料4)
ちなみに、住民税については10万円引き上げられて110万円が課税最低収入
となった。

税金面では所得税・住民税の他に、特定親族特別控除の新設などの
目に見える変化が見られた。
一方、社会保険の壁は、従来の補助制度(資料3)はあるものの、今回制度が
変わる変更はなかった。これは社会保険料は年金制度に関わる事項でもある
ので、安易に変更できないものであると推測する。
今後、年金制度改正の場で議論されるものと思われる。
4)一番大きな壁は『130万円の壁』
 前項で106万円が社会保険の壁だと説明した。106万円の壁ついては、
106万円を超えるとすべての人が社会保険料を負担する訳では無い。
詳細は参考資料2を参考にしていただきたいが、勤めている会社の規模や
週に働く時間によって負担するか否かが決まる。
 ところが年収が130万円を超えると、すべての人が社会保険を支払う義務が生じることとなる。
また各種扶養手当などが、年収130万円を境として適用するか否かの境界と
なるので、一番大きな壁は『130万円の壁』と言えるのではないだろうか。
これまで説明してきた内容を、まとめると;
 1.「年収の壁」とは、年収が一定の額を超えると税金や社会保険料の負担 
   が始まり、パートで働く主婦やアルバイトをする学生などが一定の
年収の額を超えないように、働く時間を調整すること。
年収の壁を意識して、働きびかえによる労働力不足が問題化している。
   2.「年収の壁」は100万円(昨年までの値)から掛かり始める住民税
  (所得割)、103万円(昨年までの値)から掛かる所得税があるが、
   手取り額に一番影響するのは年収106万円を超えると掛かる
社会保険料である。
   3.2025年税制改正で、住民税・所得税などは一定の引き上げが行われた
     が、社会保険の「106万円の壁」は抜本的な改正は行われていない。

  今後、最低賃金額の引き上げや社会保険について改正が行われた際には、
  年収の壁に大きく影響するので、随時ブログで説明して行きたい。

                          CFP 前川敏郎

   《参考資料》
 1.『年収の壁について知ろう』 厚生労働省
 2.「年収の壁」対策がスタート!
   パートやアルバイトはどうなる? 政府広報オンライン
 3.年収の壁・支援強化パッケージ  厚生労働省ホームページ
 4.令和7年度税制改正大綱 (自由民主党・公明党)