経過的加算って知ってますか? 

皆さんの中で、「経過的加算」と言う言葉を聞いたことのある方は どの位いらっしゃるだろうか?
経過的加算とは、年金(厚生年金)に関する用語だが、初めて聞く方も 多いと想像する。
FPでも、聞いたことはあるが詳しくは分からないというのが、実感では ないだろうか。普段、聞きなれない経過的加算だが、知らないうちに 厚生年金の額に影響を与えている。
経過的加算を深く理解するには計算式が必要だ。本ブログでは、経過的加算について計算式を用いずに、その意味する内容の概要とポイントおよび意外と得する経過的加算(注記1)について、筆者の経験を元に出来る限り分かり 易く説明する。
(注記1)ねんきん定期便では「経過的加算部分」、老齢年金ガイドでは 「経過的加算額」と記載されているが、本ブログでは経過的加算と記す。
少し長くなるが、日本年金機構のホームページから、経過的加算の説明を 引用する。

経過的加算
60歳以降に受ける特別支給の老齢厚生年金は、定額部分と報酬比例部分を合算して計算します。65歳以降の老齢厚生年金は、それまでの定額部分が老齢基礎年金に、報酬比例部分が老齢厚生年金に相当します。しかし、 当分の間は老齢基礎年金の額より定額部分の額のほうが多いため、65歳以降の老齢厚生年金には定額部分から老齢基礎年金を引いた額が加算されます。これを経過的加算といい、65歳以降も60歳からの年金額が保障されることになります。』
この説明を読んだだけで経過的加算を理解するのは困難だろう。
経過的加算には、昭和61年4月の年金制度改正が大きく関わっている。
この改正内容を知ることが、経過的加算を知る上で大切なので、 まず改正内容を調べてみよう。

1.昭和61年4月年金制度改正
この改正は大きな制度改正で、改正点はいくつかあるが、特に経過的加算
に関係する内容は:
① 老齢厚生年金の支給開始年齢の変更(60歳から65歳へ)
② 20歳以上の全国民への年金加入の義務化(学生は除く)
である。
老齢厚生年金の支給開始年齢の変更(60歳から65歳へ)
これは言うまでもなく、年金支給年齢が現在のような 満65歳以降になったことだが、いきなり60歳から65歳と すると影響が大きいので、移行措置を設けた。
生まれた年により段階的に年金支給を引き上げる 『特別支給の老齢厚生年金』である。
特別支給の老齢厚生年金については、昭和41年5月以降に生まれた方 は支給されないので、詳しい説明は省くが、興味のある方は 年金機構のホームページをご覧いただきたい。
(https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/jukyu-yoken/20140421-02.html)
この年金制度改正での大きなポイントは、旧制度では自営業者は 国民年金、サラリーマンは厚生年金という縦割りだったものを、 全国民共通の「基礎年金」を導入したことだ。
新制度では、厚生年金は基礎年金と報酬比例部分の二階建て となった訳である。

ここでは、昭和61年4月の年金制度改正で、厚生年金がそれまでの報酬比例部分と定額部だった構成が、報酬比例部分(老齢厚生年金)と基礎年金(老齢基礎年金)となったことを覚えておいていただきたい。
注記2:このブログでは、厚生年金の中の報酬比例部分を老齢厚生年金、基礎年金部分を老齢基礎年金と記載する。
②20歳以上の全国民への年金加入の義務化
日本国籍を持つ20歳以上60歳未満の人は、第1号被保険者と呼ばれ国民年金に加入することが義務化された。ただ新制度発足当時は20歳以上でも学生は除外されていた。
学生が義務化されるのは平成3年4月からとなる。この点も後ほどの議論で出てくるので、これも覚えておいていただきたい。

2.経過的加算の意味
経過的加算の内容のポイントは、大きく次の2つである。

A.旧制度と新制度での年金計算方法の違いによる老齢基礎年金の 差額補填
B.20歳未満と60歳以上で厚生年金に加入した際の厚生年金額の増加
以下に、それぞれ説明する。

A.旧制度と新制度での年金計算方法の違いによる差額補填
前掲の日本年金機構のホームページからの引用を見ると 「・・・・当分の間は老齢基礎年金の額より定額部分の額の ほうが多いため、65歳以降の老齢厚生年金には定額部分 から老齢基礎年金を引いた額が加算されます。」 と言う記載なのだが、もう少し詳しく説明しよう。
年金改正前の制度における、現在の老齢基礎年金に当たる『定額部分』と新制度の老齢基礎年金の計算方法が異なり、旧制度の方がわずかながら定額部分の方が老齢基礎年金より 金額が多くなる事態が発生した。
そこで昭和61年4月の年金制度改正前に年金加入していた人が不利にならない(年金額が少なくならない)ように調整を行うのが、経過的加算の一つの意味である。
差額の計算方法は、ここでは掲載は省略するが、多い人 (旧制度での年金加入年数が多い人)で年数万円、少ない人で 数百円である。
また、特別支給の老齢厚生年金の計算に、旧制度の定額部を用いるため、差額補填を経過的加算で行うのである。
B.20歳未満と60歳以上で厚生年金に加入した際の厚生年金額の増加
これが今回の内容の中心となる点である。
B-1. 老齢基礎年金と老齢厚生年金の相違点
老齢基礎年金は、20歳から60歳までの40年間加入し、 40年間加入する(国民年金保険料を納める)と、いわゆる満額(令和6年度では月額68,000円)が65歳から支給される。
ただ国民年金保険料が40年に満たないと、未納部分に比例して老齢年金受給額が減額される。
例えば、年金保険料を30年収めた人は、満額に対して30/40=0.75 すなわち25%減となる。
保険料納付に未納部がある方向けに救済処置ともいえる、60歳から 65歳までの間に未納分を納入できる「任意加入制度」がある。
一方、厚生年金は働き始めた年齢から70歳まで加入可能だ。
老齢基礎年金と老齢厚生年金の違いを下図に示す。

B-2. 老齢基礎年金未納分を経過的加算で補填
国民年金保険料に未納部分がある人のために「任意加入制度」があると言ったが、この制度が使えるのは自営業者などの『第1号被保険者』であり、サラリーマン等の第2号被保険者は使えない制度なのだ。
それでは、サラリーマンでは年金保険料に未納部のある人は、65歳から老齢基礎年金は満額貰う術はないのか?
ここで登場するのが、経過的加算だ。すなわち60歳を過ぎて厚生年金に加入すると、国民年金未納部を経過的加算として厚生年金が補填してくれる、ありがたい制度だ。
例えば、大学生時の20歳から22歳まで、国民年金保険料2年分未納で、22歳から会社勤めをしたサラリーマンの人が62歳まで厚生年金に加入(会社勤めを継続)したとき、60歳からの2年間で厚生年金が国民年金未納の2年分を経過的加算として、ほぼ同額を補填してくれるのだ。(注記3)     
(注記3)学生時代の2年間、国民年金保険料を支払った人で60歳以降も厚生年金に加入した場合も経過的加算は増える。経過的加算は厚生年金加入月が480か月まで加算されるからである。

ここで重要なのは、国民年金未納部分を納めた訳ではなく、あくまで 厚生年金の経過的加算で未納部を補填することに注意が必要だ。
例えば、未納年数が2年ある人が、65歳以降老齢基礎年金を繰り下げ 支給をする際の、繰り下げ計算の元となる基礎年金は38年分の年金額となることを留意する必要がある。
経過的加算は、50歳以上の方の「ねんきん定期便」に記載がある。
該当する方は、一度確認してはいかがであろうか。

前述のように、学生の国民年金加入が義務化される平成3年4月以前では、20歳から年金保険料を支払うという意識が薄かった。
60歳を過ぎても厚生年金に加入した場合、厚生年金の経過的加算で 年金保険料未納部を補填する救済措置が設けられている。
一般的に経過的加算については、定額部と老齢基礎年金の差額補填にの説明が主となっているが、20歳以後の学生時代に年金保険料未納があった筆者の実体験では、この救済措置の方が重要かつありがたい 制度だと感じている。
また、年金保険料未納が無い人でも、(注記3)で述べたように 厚生年金加入月が480か月になるまでは経過的加算は加算される。

3.まとめ
経過的加算には大きく:
A.旧制度と新制度での年金計算方法の違いによる老齢基礎年金の差額補填
B.20歳未満と60歳以上で厚生年金に加入した際の厚生年金額の増加
の二つの面がある。
特にB.では、国民年金保険料未納部を厚生年金加入年数により補填してくれる有難い部分である。
ここで注意点を2つ。
1)経過的加算は厚生年金加入年数に基づき、自動的に計算されるが、経過的加算が記載される機会が少ない。
2)経過的加算の金額は、本人が年金機構へ問い合わせる事で知ることができる(筆者も電話で確認した)。
本ブログでは、経過的加算の概要について述べた。より詳しい内容を知りたい場合は、年金事務所へ問い合わせすることをお勧めする。
このブログが皆さんの参考となれば、幸いである。

CFP 前川敏郎